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「呉急」の前身、「廣嶋芸南電鉄」は、実は「芸南電軌」の子会社だった?!

という設定を考えつきました。すなわち、「芸南電軌」が広島~呉/広間を結ぶ為の子会社として、「廣嶋芸南電鉄」を設立した…ことになります。
(ちなみに、「芸南電軌」も、事実と違う「標準軌」の設定です。…実際は「狭軌」)

親会社が「長距離路線」を作るときに、「子会社」に敷設をまかせる…という手法は、今の「近鉄大阪線」が作られた経緯と似ています。

上記の設定で「歴史」を書いてみると、下のようになります。

~呉急行電鉄・富士見町~呉中央間は、芸南電軌(1901年開業)が「広島~呉」間を結ぶ為に1928年に設立した「廣嶋芸南電鉄」(以下、“広芸”と略する。)が敷設した路線である。当時、工業都市であった「広島」と、軍港のあった「呉」とを結ぶ路線として「呉線」があったが「広」までは到達しておらず、また非電化であったため列車の速度も遅く、この路線に「高速の電化鉄道」を引いて「広/呉」と「広島」を結べば「省線」に対して充分「競合できる」と判断されたからである。
“広芸”は、路面電車であった親会社の“芸南”に対して、初めから「高速電車規格」で作られており、ホームが高く、電車も路面電車に対してスピードが出せる様に設計されていた。
“広芸”は、まず「広島市外周部」の「比治山(現・呉急比治山)~海田市(現・呉急海田市)」間を1933年に開業させ、高床式電車「1型」が走り始めた…

という感じです。
(続く)
by bbc-slm | 2005-04-27 13:52 | 呉急行電鉄・歴史 | Comments(0)

v0.2です。
Puchiっと修正。

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by bbc-slm | 2004-12-20 05:30 | 呉急行電鉄・歴史 | Comments(0)

5分で考えた歴史案です。
(歴史は苦手分野なのですが。)

年表形式でどうぞ。

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by bbc-slm | 2004-12-15 08:11 | 呉急行電鉄・歴史 | Comments(1)